仕事柄、会社の重要な意思決定に直接・間接的に携わることが多かったのですが、大概、経営者の前向きの気持ちと相反する結果になることが非常に多いものでした。
こうした経験から経営者自身が思うより相当慎重に考えた方が良いといった旨のアドバイスをしたいと考えながらも、そうしたアドバイスは中々し難いものです。
意思決定根拠をお聞きし明らかに不十分の場合においては、より情報をとることをアドバイスしますが、私の知る限りにおける最低限必要とされる情報を入手している場合は、「失敗するとxx位ダメージを被りますので、是非慎重に考えてください。」といったアドバイス程度に留まっておりました。
今回、ある本(「意思決定のマネジメント」東洋経済新報社長瀬勝彦氏著)に、人間が意思決定する際にありうべき意思決定を歪ませる(バイアス)ポイントが記載してあり、是非、紹介したいと思いました。なぜなら、この歪みを認知していれば、これを考慮したより正しい意思決定ができる可能性が高まるからです。多少長く、ピンとこない部分があるかもしれませんが、是非最後まで読んでみてください。特に(6)(7)(8)(11)については、私が今までの経験上、まさに伝えたいと思っていた事項であります。
1.未来予測と投資の意思決定
(1)ギャンブラーの錯誤
例えばルーレットをやって、5回連続で赤が出た場合、「そろそろ黒が出るころあいではないか」と考えてしまうが、何回赤がでようと、次に黒が出る確率は1/2のままである。人間は時系列的なランダムなデータの中に、勝手に流れのような規則性を見出す傾向がある。
(2)正常性バイアス
災害時に火災報知器が鳴っても、「誤報だろう」と決め付け、何も行動をとらない人が多い。このように人間は、危険の兆候を示す情報が少々あっても、それを正常の範囲内として片付ける傾向にある。
(3)平均への回帰の錯誤
投資信託の中に、過去において高いパフォーマンスを上げているものがある。こうしたものの多くは単に運が良くパフォーマンスが良かっただけで、結局、他の投資信託の平均の利廻りへの収斂してゆく。
(4)生き残りのバイアス
ある村の80代の全ての男性を調査したところ、若い頃からの喫煙者が8割を占めた。このデータから喫煙者の方が長生きと判断してはいけない。もしかしたら、この世代の若い頃には喫煙者が9割を占めていて、禁煙者より多くの割合で死亡したため、現在8割になっているかもしれないからである。このことから、調査時点で消えてしまったデータを考慮しないで判断することは間違いである。
2.市場への参入とM&Aの意思決定
(5)コントロールの幻想
サイコロを振って1の目が出たら大金がもらえるとする。あなたは、次のどの方法でサイコロを振りたいだろうか?
A.他人に振ってもらう。
B.自分でさっと振る。
C.自分の手の中で良く転がしてから振る。
どれを選んでも確率に変わりはないにもかかわらず、殆どの人はC.を選ぶ。人間は環境をコントロールできない状況であっても、自分でそれができるかのように思い込むことがある(=コントロールの幻想)。自分の手の中でサイコロを良く転がすことで、何か結果に影響を与えることができるように幻想を抱いてしまう。
(6)自己奉仕バイアス(特に重要)
人間は、自分の成功の原因は自己の能力の高さに帰属させ、失敗の原因は環境の変化などの外的要因に帰属させる傾向にある(=自己奉仕バイアス)。成功体験が続くと、前述のコントロールの幻想とこの自己奉仕バイアスが強化される傾向にある。そのため、自己の能力を過信し、意思決定が甘くなり、過度にリスク選好的になる傾向がある。
(7)確率の誤認知(特に重要)
経営者は新たに市場に参入するか否かの意思決定において、成功確率を高めに誤認知していると考えられる。新規企業の成功確率は俗に「千三つ」といわれるほど低いのだが、新しく事業を起こした2294人に対する調査によると、81%が事前の成功確率を7割以上と見積もっていた。しかも、10割と見積もっていた者が33%もいたのである。経営者としては、このバイアスの存在を心にとどめておく必要がある。
(8)自信過剰と楽観主義(特に重要)
人間には楽観的な人もいれば悲観的な人もいる。アダム・スミスは言う。「大半の人間は自分の能力について傲慢なまでにうぬぼれている。(中略)人は誰でも、利得の可能性を大なり小なり過大に評価している。また損失の可能性はほとんどの人が過小に評価している。」経営的意思決定全般にいえることだが、特に市場への参入の意思決定においては、人間の自信過剰傾向について注意する必要がある。
(9)社会的証明と横並び行動
自信過剰が新規参入の意思決定を促進する一方、逆に自信がないゆえに参入することがある。自分がどういう状況にあるのかはっきりしないとき、人は他人の行動を真似る傾向がある。見知らぬ土地でレストランに入る時、客が多い見せを選ぼうとするのがその典型例だ。他社が参入するなら、自社も参入することが正しいことのように思えるのである。
3.撤退と事業売却の意思決定
(10)損失回避
2つの銘柄の株を持っていて、A株は買値よりも値を下げ、B株は値を上げて、現在どちらも同じ株価になっているとする。売却する必要が生じた時にどちらを売りたいかと尋ねると、値上がりしたB株と回答する人が比較的多い。そこにはA株を売って損失を確定することを避けたいという「損失回避の心理」が作用している。
(11)埋没コスト(特に重要)
人間にとって、支払ったコストが無駄になるという感覚は耐え難い。ゆえに、すでにつぎ込んだコストは取り戻せないのに、何とかすれば取り戻せるのではないかと錯覚する傾向がある。経営者が赤字事業を抱えている際、撤退さえしなければ、いつの日か業績が上向き、これまでにつぎ込んだ経営資源が戻ってくると考えてしまうのである。
(12)多重自己仮説
人間は、計画者と実行者という2つの自己を持っている。計画者は将来を重く見て、将来のために現在は我慢しようとする。実行者は現在の楽しみを重視して、苦労は先延ばししようとする。例えば、禁煙を決心したのに、タバコを前にするとつい手をだしたりするのがそうだ。この計画者と実行者の2面性を排除するために、撤退の意思決定においては、あらかじめ撤退基準を決め、その条件に引っかかった事業は自動的に撤退すると決めておくというのも一つの方法だ。
(13)コミットメントとエージェント
初志を貫徹するためには、自分の弱さを前提に入れた対策が必要になる。
対策の第一は、経営者による意思決定への強いコミットメントである。コミットメントを高める方法の一つは、自分の決意や目標を紙に書き記すなど、具体的な行為にあらわすことだ。
第2の対策は、意思決定者の代理人として、エージェントを使うことである。
例えば、米国のメジャーリーグでは、選手は年棒交渉にエージェントを使うのが一般的だ。選手本人が契約の場に出向くと、事前に「○○ドル未満では契約しない」と決意していても、海千山千のオーナーに言いくるめられる怒れがある。だが、命令を忠実に実行してくれるエージェントを雇うと、そういう失敗を回避できる。